「仕事と家事・育児、どれもうまく回らないイライラを子どもにぶつけてしまった時期が一番つらかったですね。でも今は、仕事にやりがいを感じながら自分の休息も取りつつ、余裕を持って子どもに接することができる。毎晩『ママ、ハグして!』と手を広げる我が子を、ぎゅーっと抱きしめて、今しかない成長を愛おしく思えるようになったことが何より嬉しいです」
充足感のあるやさしい声色で、朗らかに今の暮らしぶりについて話してくれたのは、『一般社団法人キャリアステージいといがわ』のワーカーとして働く中島 いづみさんです。
『一般社団法人キャリアステージいといがわ』とは、新潟県の最西端に位置する糸魚川市(いといがわし)に誕生した行政支援型の団体です。多様な働き方の推進事業として、子育てや家族の介護など、何らかの事情により働きたくても働けない女性に向けてワーカー育成と就労環境の整備を行っています。
仕事をする自分。
母としての自分。
キャリアアップを目指す自分。
職場の人たちと喜びを分かち合う自分。
どれもが“私自身”なのだから、“どれか”ではなく、“どれも”大切にしたい。
もどかしさや葛藤を抱えながらも、少しでも理想の暮らしに近づけようと手を伸ばし続けた中島さん。“その先”に掴(つか)んだ「自分らしい働き方」を伺いました。
医療事務の勤務歴25年のキャリア。好きな仕事に巡り合う
新潟県上越市出身の中島さんは、高校卒業を機に上京し、医療事務の専門学校に進学。学びを深めるうちに“この道に進もう”という気持ちが固まっていったと言います。
「家族に医療従事者が多かったことから、自然な流れで『医療事務をやってみようかな』と進学を決めました。そうして実際に勉強をし始めたら『あ、これだ!』としっくりくるものがあって。自分に合っていたのかもしれないですね。それまであまり勉強熱心な学生ではなかったのですが、急にスイッチが入ったように勉強に励むようになって。ありがたいことに首席で卒業することができました」

「やらなければ!」という努力ではなく「楽しい!もっと学びたい!」という夢中になる気持ちが、好きなことを仕事にする入口なのかもしれません。就職後は上越市・新潟市と住む場所を変えながら25年間、医療事務として勤めてきた中島さん。やりたいことに一直線に進んできた背景には、どのような想いがあったのでしょうか。
「仕事は楽しかったですね。事務仕事もそうですが、患者さんと接することが楽しかったです。年配の患者さんが問診票を書くのに苦労されている様子を見かけたら『お手伝いしますよ』と一緒に記入をしたり。待合室での待ち時間が長引いて『まだかね!』と怒っている方がいたら『今度はこういう伝え方をしてみようかな、これならどうかな』と試行錯誤してみたり」
「いろんな患者さんがいるので、一人ひとりに合わせた接し方を心がけていました。心を尽くした結果『ありがとね』と感謝の言葉をもらえたときは、何より嬉しかったですね」

喜びをエネルギーに変えて仕事に励む一方、大変なことや苦労もあったと言います。

「新人の頃は特に未熟だったので、失敗をしたりわからないことも多く、職場の人に迷惑をかけることもありました。ショックな言葉を言われることもあって。でもそのたびに、反骨精神じゃないですけど、悔しさをバネにして踏ん張っていましたね」
「めげずに折れずに一つひとつ乗り越えていくと、だんだん『中島さんにお願いしたい』と次につながる患者さんにも巡り会えました。嫌だなと思うことがあっても、自分次第で転換していけるのだと学ばせてもらいました」
子どもにイライラをぶつけてしまう。
仕事と子育ての両立の難しさ
その後、旦那さんとの結婚をきっかけに糸魚川へ移住。子どもにも恵まれ家族が増えた喜びを噛み締めながらも、生活の変化に戸惑いもあったと言います。

「移住をしてすぐに長男を授かったのですが、当時は自宅とスーパーの往復だけの生活でしたね。慣れない街に引っ越してきて友達もいなかったので、本当に狭い世界で生きていたなと思います」
長男が2歳を過ぎた頃、そろそろ働けるかなと調剤薬局でパートを始めることに。働ける時間帯や給与面など、小さい子どもを抱えながら働ける場所を探すのは容易ではなかったと言います。
その後、次男を授かり退職。再びどこか医療事務として働ける場所はないかと探すものの、希望に叶う勤務先は見つかりませんでした。
「医療事務の仕事が好きなので、これまでのキャリアを活かしながら子育てもできる求人を探したのですが……。難しいですね。家計を支える意味でも仕事復帰はしたかったので、仕方なく条件面だけを見て子育てと両立できそうな求人に応募したり、その場しのぎの働き方をしていた時期もありました」

仕事をすれば経済的には安定する。ですがそれは中島さんの充実感や納得感と引き換えに得られるものでもありました。

「なかなか職場でも馴染めず、仕事内容も慣れない。家に帰れば、夕飯の支度や寝かしつけ、洗濯物や洗い物といった数えればキリのない家事がたくさん待っています。一生懸命やろうと思えば思うほど、どんどん空回り。時間に追われてイライラも募ります」
「子どもをつい強く叱ってしまっては『またやってしまった』と罪悪感に押し潰され『ごめんね……』と何度、寝顔を見ながら謝ったことか」
『キャリアステージいといがわ』で叶えられた理想の暮らし
このままではダメだと、子どもとの時間を大切にできる働き方を真剣に探すことに。
とはいえ、そんな求人は無いだろうな……と半ば諦めていたと言います。
「そんなとき、子どもが学校から『キャリアステージいといがわ』の説明会のパンフレットを持って帰ってきて。見た瞬間、『あ!いいな!』と思いました。どうしようか迷ったのですが、ダメで元々だと申し込むことに。いざ説明会に参加してみると、時間にとらわれない柔軟な働き方ができると知り、迷いなく挑戦することに決めました」

「コールセンター業務であれば、人と接することが好きだった自分にもできるかも」そんな自信も背中を押し、『キャリアステージいといがわ』での仕事をスタートさせた中島さん。そこで待っていたのは、理想の暮らしに近づける職場環境だったと言います。

「子供の習い事や用事、体調に合わせてシフトを柔軟に組み合わせることができるので、とっても助かっています。長男は野球チームに入っているのですが、土日に練習や試合に付き添うと月曜日はもうぐったりしちゃって。週明けは『自分の時間』をとって休息日にしています」
「コールセンター業務もやってみたら楽しくて。丁寧な対応ができた後に感謝されると嬉しいですし、自分に合っているなと感じます。もう少し働きたいなと思うときは一番遅い17:30までのシフトを入れるのですが、そのときは次男を延長保育に預けます。
最初は『大丈夫かな?』と心配でしたが、たくさん遊んで帰ってくるのですごく満足そうなんですよね。私も働けて嬉しいし、子どもも楽しそう。うまく歯車が回っています」
安堵するように笑みを浮かべる中島さん。休息日をつくれたり、向いている仕事にとことん打ち込めたり。納得できる働き方が見つかったことで、子どもとの関わりにも変化があったと言います。

「子どもに余裕を持って向き合えるようになったことが、何より嬉しいです。毎晩『ママ、ハグ〜!』と手を広げる子どもを目一杯の愛情で抱きしめられる。その余裕ができたこと。それだけで、暮らしは何十倍にも豊かになりました」
「時間に追われていたり疲れていたりすると、『ちょっと、待ってて。後でにして』と、目の前のことに精一杯でゆっくり見てあげられない罪悪感がありましたから。子育てには”今この瞬間しか見られない子どもの成長”がたくさん詰まっています。一つひとつを見逃さないように楽しみたいですね」
キャリアに年齢は関係ない。また新しいやりたいことに向けて

-『キャリアステージいといがわ』での仕事を通じて、新たなやりたいことも見つかったという中島さん。これからの展望を伺いました。

「コールセンター研修の講師のかたが、私よりも大先輩の世代のかたで、いくつになっても専門性を極めて輝き続けられている姿に刺激を受けました。私ももっと勉強をして経験を積んで、いずれあんなふうになれたらいいなと思っています。まさかまた新たにやりたいことが見つかるなんて、思いもよりませんでした」
「出産したばかりの頃は自宅とスーパーの行き来だけの生活だったから、こんなにも世界が広がるなんて」と、目を輝かせて話す中島さん。これからの仕事と子育てのバランスについても想いを馳せます。

「きっとこの先も、家族の事情や子どもの成長に伴ってしっくりくる働き方が変わるかもしれません。でもそれでいいのだと思います。『キャリアステージいといがわ』で働いてみて、その時々で自分のライフスタイルに合う働き方を選べることが大事なのだと学びました。一人ひとりに合った選択肢が、もっと糸魚川に増えてほしいなと思いますね」
葛藤やもどかしさを抱えながら、大事なものを手放したり、それ以上に大切なものを得たり。どんな変化も受け入れ原動力に変えてきた中島さんの生き方は、きっと同じように悩む女性の道しるべとなっていくのでしょう。
取材・執筆/撮影:貝津美里
撮影場所:クラブハウス美山